奇術師ジョルジュ・メリエスとトリック映画

1895年12月28日。リュミエール兄弟が、パリのグラン・カフェでシネマトグラフの一般公開を行った日。招待客のひとりとして来ていたのが、劇場の経営者で奇術師のジョルジュ・メリエス。すっかり映画に魅せられたメリエスは、シネマトグラフの機械の購入と権利の譲渡をリュミエール兄弟に申し込みます。しかし、リュミエール兄弟の返事は「シネマトグラフに未来はない」。


「月世界旅行」
ジョルジュ・メリエスは、1896年より映画の製作を始めます。トリック撮影に成功したジョルジュ・メリエスは、1897年には世界初のプロダクション「スターフィルム」を設立。奇術や芝居で使われていた手法を映画にも取り入れ、幻想的な作品を次々と製作します。多重露出、フェイドアウト、オーバーラップ、スローモーション、コマ落としといった映像技術を開発し、機械仕掛けや人形を使ったりと、映画の可能性を追求していきます。

ジョルジュ・メリエスの代表作といわれるのは「月世界旅行」。パリの天文台から発射された宇宙船が、人間の顔にをした月に突き刺さるシーンが有名。この作品では、月が観客に向かって接近してくるように見えるトリックが使われています。SF映画の元祖ともいうべき作品。

しかし、ジョルジュ・メリエスは16年間で500本近い作品を残しながらも、次第に観客に飽きられるようになり、1914年には映画スタジオを閉鎖しています。

[本] 魔術師メリエス―映画の世紀を開いたわが祖父の生涯
魔術師メリエス―映画の世紀を開いたわが祖父の生涯





フランス映画史  HOME